本書では、我輩が駆け出しの歌ってみたMIXerとしていろいろやってきたことを元に、我流で 固まっ(ってしまっ)たMIX方法について述べる。実体験を元に、初心者が躓きやすい 部分とかも書くので、参考にしてもらいたい。もちろん、ここに書いてあることが 100%正しいわけじゃないので、信じる心はほどほどに。ネットの情報なんか 疑ってかかるもんだよ!?(じゃぁなぜ書いた)
ここで述べるMIXは、パラミックスではなくて、いわゆる「歌ってみた」を
作成する作業。すなわち、カラオケ音源と素人さんが歌ったボーカルを、
エフェクトとかを盛り込んで合わせてうまいこと組み合わせ、
「スッゲー上手に歌ってるかのように聞かせる曲データ(.wav)を作る」
という創作性が高いんだか低いんだかよくわかんない作業である!
なぜかこれが…楽しいんだ…。うまくできると…うれしいんだ…。なんでだろう…。
MIXはPC上で実施するので、いくつかツールが必要がなる。最初にそれらを 用意しよう。本気でそろえるとお金がかかるので、まずは 自分のレベルにあわせて用意するといい。 のだが、ここでは我輩推奨のものを列挙する。
最低限必要なものは、DAW(Digital Audio Workstation、以下ではCubaseが相当)。 それさえあれば、とりあえずそこそこのMIXはできる。ただ、実際には依頼者に 満足頂けるようなMIXを実現するには、ピッチ(音程)調整とタイミング調整が 絶対必要で、そうなるとDAWだけでは厳しい。現在は、我輩は以下を使っている。
お金に余裕があれば、追加でVST買ったりツール買ったりすればいいが、みんなが みんなそんなリッチマンではないだろうから、事前に下調べして、「ほしい!」と 思って、さらに余裕ができた時に、少しづつ追加するようにすればいいと思う。
これはMIX依頼者の方に読んで頂きたい。MIX作業するために必要なデータを以下に 示す。端的には二つだけ。
いずれも44.1kHz/16bit以上の無圧縮.wavファイルで提供頂けるとありがたい。 mp3での提供は、DAWでエフェクトかけた時にきれいにならないことが 多いので、避けられるなら避けた方がいい。これは、mp3だと圧縮のために元音から 高音と低音がごっそり削られているのが原因。それを単体で聞いても違いはなかなか わからないんだけど、ちょっと加工するとスッゴい顕著になるんだよね…。mp3だと、 特に息継ぎとかが、びっくりするほどノイジーになるので注意。
それぞれ詳細を以下に示す。
いずれにしても使用ライセンスに注意。これを無断で使用してMIXして
uploadしていいのかどうかなど、事前にちゃんと調査しておくこと。これは、
使用するカラオケ音源や、upload先によっても変化する。なお、
ニコニコ動画やYouTubeは、JASRACなどと個別契約していて、「原盤そのままO.K.」
「自前で演奏したものならO.K.」などの条件が提示されている。
ニコニコ動画のガイドラインはこちら。原盤を提供している会社によっても
異なるので面倒だけど、後でエラいことになるのを避けるために、ぜひ事前に
一読頂きたい。
そして、こういうライセンス確認は、MIX依頼者が実施すること。
自分が投稿するんだから、MIXしてもらう人にこんな面倒なことやらせちゃダメよ!
使用する音源は、2mix(マスタリング前)のものが望ましい。マスタリングした後の 曲は音圧が上がりすぎててボーカルが入り込む隙間がなく、MIXが不自然になる ことがあるため。マスタリング済みかどうかは、Audaticyとかでその音源を読んでみて、 波形が上下ギッチギチに詰まっているかどうかで判断できる。詰まっていれば マスタリング済み、そうでなくて隙間が結構あればマスタリングしていない。 でも、マスタリング済みの音源しか頒布されていないなら、仕方なくそれを使う ことになる。MIX師の腕が試されるところだ。
我輩は、頭出し(カラオケ音源とボーカル音源を同時に開始すればちゃんとタイミング合って再 生されるように頭の空白を調整すること)は必要としない。 しかし、やっておいてもらえると、MIX作業がちょっとだけ楽になるのでうれしい。 普通のMIX師と呼ばれる人々は、頭出しやってないと受け付けてくれないことも あるらしい。そのくらいMIX側ですればいいのに。
あ、あと忘れちゃいけないのが、MIXに対する要望。 「XXの部分を3度上のハモリにしてくれ」とか「XXのところだけエコーを入れてくれ」 とか、「XXの[歌ってみた]のようなアレンジにしてくれ」とか、 要望があれば事前に伝えてもらうと助かる。作った後に「実はここはこうして ほしかった…」って言われると脱力しちゃうし、やり直すのもタイヘンなので。
我輩は、大まかに以下のような順序でMIX作業を進める。
こういう手順になっているのには理由がある。 それは、「ある程度前工程のデータの差し替えができるから」だ。
全ての作業をCubase上で行うとはもちろんできるし、実際そうしている人も多い。 ただ、そうすると、途中で歌データの差し替えが必要だったりした場合に、 その部分だけCubase上での再調整が必要で、Cubaseはノート単位で管理されていない ためにその変更がスッゴい面倒だったりすることがある。 それを避けるために、「ノイズ取り+ノーマライズ」、「ピッチ調整+タイミング調整」、 「エフェクト追加+トータル調整」のシーケンスを分けて、一つ前の作業をやり直した 時の影響を小さくしようとしていると思ってくだされ。「えーそんなんCubaseだけで できるやん」って人はそれでやればよろし。でも、ハモリ含めたタイミング調整って スタンドアロンのMelodyne Studioじゃないとスッゲー手間だと思うんだけどなぁ。 慣れた人だったらそうでもないのん?
我輩がいつも使っている、1つのMIX依頼に対応するディレクトリ構成は以下の通り。 audacityでの編集は「ソース音源」ディレクトリ中でやり、 それを元にMelodyneが吐き出すWavデータを「編集」ディレクトリに配置、 Cubaseはその下の「編集/CubaseMix」ディレクトリをプロジェクトフォルダとする。 Melodyneは.mpd以外にテンポラリファイルを作らず、 一方Cubaseはやたらとテンポラリファイルを吐き出したがるので、 それをまとめるためにこのような構成になっている。 この構成なら、作業が終了したらCubaseのファイルは.cpr以外は消してもよい。
20160730 梅雨明けの さくら/ ←依頼日+曲名+依頼者でディレクトリ作成 参考音源/ ←オリジナルのボカロ曲、誰かの歌ってみたなど、参考にする音源を格納 ソース音源/ ←音源データ↓をAudacityなどで編集したwavファイル。編集してなければコピーでよし ソース音源/変換前/ ←依頼者から頂いた音源データそのままを格納 編集/ ←Melodyneファイル(.mpd)と、Melodyneで編集後のWAVデータを格納 編集/CubaseMix/ ←Cubaseファイル(.cpr)を格納 |
我輩は、この構成の(デフォルト.cprや.mpdを含む)テンプレートディレクトリを作成しておいて、 新しく依頼を受けた時はこれをコピーして使用するようにしている。 いちいちディレクトリ作るより楽だし。 Cubaseの.cprをつつこうとしたら「新しいプロジェクトフォルダ指定してネ」って 言われるけれど、指定すれば二度と聞かれなくなる。
まずは前処理。元音源をAudacityに読み込ませて、一つ一つ聞きながら、処理するか どうか考える。
当然、元音源とは別ファイルとしてセーブすること。その場合、次以降の手順では オリジナルファイルは使用しない。
音量が小さすぎる(MAXで-30dbとか)場合、なるべくこの時点で上げておいた方がいい。 その後にノイズ除去するので、ここで音量上げておけば、ノイズも効果的に 削減できるからだ。MAX=-10dbには特に基準はないが、ここで MAX=-1dbとかまで 上げちゃうと、その後DAWでの調整時に音割れとの戦いになって厳しくなっちゃう ため、あんま上げすぎないこと。-15dbくらいでもいいと思う。
Audacityのノイズ除去は結構優秀で、「ノイズだけの部分を指定して分析させ、 それに従って全体のノイズを取る」ことができる。一手間必要ではあるが、 機械的なフィルタリングに比較すると随分イイカンジにノイズを取ってくれる。 …そりゃWAVESのZ-Noise(6000円〜)とかスッゲーノイズ除去VST使ったほうが いいのはいいし、比べるのは酷だけど、ほとんどの場合はAudacityで十分。 実際には少々ノイズが残っても、MIXすると(静かな曲でないかぎり)ほとんど 聞こえることはない。だから、ノイズが小さいなら、躍起になって消すよりも、 何もしないほうがいいこともある。ノイズ除去すると必ず音質が少し劣化するしね。
備考:この段階で、AudacityではなくてDAWを使うというのもアリだと思う。 DAWを使えば、音量調整もばっちりできるし、ノイズ除去に優秀なVSTが使用できるし、 もちろんステレオ→モノラル変換も可能だし、複数のトラックをまとめることも できる。そして、音質の低下が少ない。DAWに慣れてるなら、DAWを使うことを お勧めする。最終的には「WAV形式(32bit(float))で吐き出す」ことにだけ注意すれば。
MelodyneはDAWから呼び出すことができる。しかし、 我輩はMelodyneを単体で利用し、DAWからは使用しない。DAWとMelodyneはあんま 親和性がよくなくて、かえって操作が煩雑になると感じているから。DAWは 音全体をトータルとしてみるのに向いていて、Melodyneはボーカルを「ノート」 という単位に分割して操作するのに向いている。また、ハモリのタイミング調整 などは、Melodyne(のStudioエディション)上でやった方が格段に楽だ。 だったら、それぞれを独立して使い、この二つをWAVファイルでつないだ方が いいじゃん、と思うんだ。もちろん、このあたりは主義主張なんで、 使いやすい方でやればいいんだけど。
そして我輩は、Melodyneでガッツリタイミングとピッチ調整する派。本当に歌が上手な 人ならほとんど調整することはないが、「歌ってみた」の依頼者の方だとそこまで 上手な人は少ないので。ピッチやタイミングがズレていると、ほかが上手くても どうしても下手に聞こえてしまうから、ピッチあわせは重要だと思う。 ただし、依頼者の歌い方の「味」まで修正してしまわないように注意。我輩は よく過修正してしまって、途中で依頼者に叱られたりする。
なお、本節ではMelodyneはStudioエディションであり、マルチトラック編集が 可能であることを前提にしている。他のエディションの場合、マルチトラック 編集できないから、テンポを完璧に設定した後にオケトラックを消して ボーカルトラックを読み込む、のような手間が必要になるだろう。 …というか、Studio以外だったらDAWから呼び出しても変わんないんじゃない?
Melodyneを使う上で最初に設定が必要でしかも最も重要なのは、 「オケとMelodyneのテンポをあわせること」。 これがバッチリできていれば、後の作業がスッゴい楽に、かつ正確に できるようになる。逆に、これができてないと、タイミング調整が壊滅的に 能率悪くなっちゃうのでご注意。手順は以下の通り。
長くなったので、具体的なテンポ設定方法は別に分けた。
オケの拍子は 「谷部分にある」ことに注意。これを知らないと、位置あわせに微妙に 失敗したりする。
各ボーカル音源は、アルゴリズム「メロディック」で解析すること。それ以外で 解析してもいいことないので。デフォルトアルゴリズムはメロディック固定で いいと思う。
オートクオンタイズ(マクロ)は使わないことをお勧めする。というのは、オートだと 歌い手の「味」まで削ってしまうため。まずはじっくり元ボーカルを聞いて、 ここが味だなー、というところを避けながら、元ボーカルのニュアンスを 変えないように少しずつ直していく。
コツを以下に示したので参照くだされ。
あとは…ハモリパートは、抑揚(同じノート中の音程変化)を少し殺すのがコツかなぁ。 ハモリに抑揚がありすぎると、そっちが目だってしまってメロディが 沈んでしまうので。
我輩は、上の手順で、ボーカルトラックのほぼすべてのノートをひとつづつ調整する。 ボーカルがワントラックだけでも、一曲あたり二時間くらいかかる。 ハモリがあると作業時間さらに倍。合唱モノだと、それだけやり続けても下手すると 三日くらいかかる。 キツいけど、我輩はここでの手間は完成品質に直結していると信じている。
マシンパワーとリソースなどを天秤にかけ、最近では32bit(float)/96kHzで 書き出すのがお勧め。特に音質にこだわりがなければ、32bit(float)/44.1kHzでも 十分だと思う。これはcubaseのプロジェクト設定にあわせる必要があることに 注意。以下のように、16〜32bit(int)よりは32bit(float)の方がいいらしいので、 そこは変えず。
最初は低い周波数で出力してみることをお勧めする。データの周波数が高いと、 Cubaseでの編集時にCPUリソースがモノスゴ必要になるからだ。 我輩は最初24bit/192kHzで書き出してたんだけど、そうするとCore i7 3770Sでも 演奏時は常にCPUは100%利用、エクスポートしようとすると頻繁に 「ファイルの書き出し中に ハードディスク・プロセッサへの負荷が許容量を超えました」になっちゃった ので。音声処理ってそんなに重いものなのかなぁ。
ちなみに、 Melodyneで 192kHzでエキスポートすると、プチプチノイズが入るなんて問題もある。 ご注意。
我輩は、ここでオケもエクスポートし、Cubaseではエクスポートしたオケを使う。 理由は、オケの周波数・ビット長をCubaseにあわせ、万一オケが差し替わっても 対応できるようにするため。
そういう形で、全ての音源をCubaseが直接利用できる形にしておかないと、 Cubaseは自分のプロジェクトフォルダ下に大量のテンポラリな音声ファイルを 吐き出し、それを利用する。そのため、差し替えがうまくできなかったり、 どのファイルが必要でどのファイルが不要なのかわからなくなったりして、 作業効率が悪くなる。
ここまでで、ボーカルの音程(ピッチ)とタイミングはばっちり合っている はずだ。Cubase上でこれらの調整が不要なので、Cubaseではオケとボーカル とのMIX作業に専念できる。Melodyneを単体で使ってガッツリ調整するのは、 ここまできた時の精神的な安定感を得るためだとも言える。
必ず必要なのは、プロジェクトフォルダと周波数・ビット長。 プロジェクトフォルダは、上で設定した 編集/CubaseMix/ ディレクトリに、 周波数・ビット長はMelodyneが吐き出したものに合わせる。この時点で 一度 編集/CubaseMix/曲名.cpr としてセーブしておくとよい。
プロジェクトとMelodyneの出力データとで周波数・ビット長をあわせておけば、 何の問題もなく読めるはず。これらが異なると、Cubaseが変換するか、 おかしな状態のまま読み込まれてしまう。変換されたものも使えるが、そうすると 後に元データを差し替えてもCubaseが差し替え後のデータを読んでくれないので、 やっぱりプロジェクトの周波数・ビット長は、Melodyneの出力と あわせたほうがいい。このあたりのCubaseのクセを押さえておくと、差し替えが 楽になる。
読み込み終わったら、テンポ設定と各トラックの頭出しを実施。Melodyneで ばっちりあわせてあれば、そんなに厳密に設定しなくてよい。可変テンポ だったら無視してもいいくらい。
ここからはCubaseでのMIXなので、人それぞれやり方があるだろう。 あまり細かくは指定しないし、決まったやり方があるわけではないので 好きにすればいい。
我輩は、ボーカルトラックにはこういう処理をしている、という一例までに。
注意点としては、コンプレッサーをかけすぎないこと、くらいかなぁ。 かけすぎると音が陳腐になる…。表現するのがスッゴい難しいんだけど、 ぺたっとした平坦な音になるから、原音と聞き比べてみるとよろし。
太い音が欲しいときは音を太くする参照。 既にマスタリング済みのオケを使っている場合は、 マスタリング済みオケを使う時は を参照。
貧乏マスタリングなら、StudioEQ→MultibandCompressor→Maximizer→UV22。 できればiZotope Ozone7などを導入した方がいい。音圧を上げたいなら、 MaximizerかLimitterでthresholdをぎゅーっ下げればいい。でも あんま音圧競争には関わらない方が吉。少々音が小さくっても別にいいじゃん、と 我輩は思うのであるが。
マスタリング済みのオケを使っている場合は、ここであげられる音圧は 多くても〜2db程度。それ以上上げると音が顕著にゆがんでしまうので 注意。だから、ボーカルだけその前に「ボーカルグループ」で音圧を上げて おく必要があるわけだ。
ここからは耐久レース。何度も何度も出来上がった音を聞き、ちょっとでも おかしいなと思った部分を少しずつ修正していく。
駆け足で説明してきたけどどんなもんだろうか。ちったぁお役に立ったろうか。 というか今のところ我輩自身の備忘録なんで、皆様の役に立たなくてもいいといえば いいんだけれどナ!
明らかな間違いがあったら指摘してもらえると喜びます(我輩が)。
おまけ。歌ってみたMIXの技術スレなんてのもあるので参考にするとよろし。